青龍水からの水路跡 1-2
クランクしつつ下町へ


2026年10月15日に撮影
この細い道の南側に、開渠が通っていました。

2026年10月15日に撮影
十字路を越えて、大慈寺小学校横の道に入ります。

2026年10月15日に撮影
道の突き当りから、さらに細い砂利道になっています。
ここにも水路が通っていました。

2026年10月7日に撮影
細い砂利道がクランクしていますが、水路は真っ直ぐ進んでいました。

2026年10月15日に撮影
クランクを越えてから振り返って撮影したもの。

この状況は、現在の公図でも確認できます。
なぜ、このように交差しているかまでは分かりませんでした。

2026年10月15日に撮影
砂利道は下町に出ました。
現場では続きを見失いますが、古地図によれば、このような経路になっていたはずです。

出典:もりおか歴史文化館収蔵『寛延盛岡城下図』
江戸中期(1750年頃)の地図です。