大慈寺前の水路跡 1-3
様々な痕跡、そして寺の下へ

2026年9月22日に撮影
大慈寺小学校の正門(北門)前。歩道ならば学校側を通すべきではないか、と思いますが、水路跡の再利用なのでどうにもなりません。
歩道と門の間には横断歩道があり、朝の登校時は校長先生自らが旗を持って、児童の安全を確保しています。

2026年9月22日に撮影
次の丁字路で歩道が途切れます。道路を渡った先にある斜めのコンクリートが、開渠水路だった頃の痕跡です。

2022年3月21日に撮影
さらに、その横には木製電柱を切り跡が残っており、年輪も確認できます。
石垣から道路側に1.9mほど離れた位置にあります。

2022年3月21日に撮影
これらの痕跡から、こういった形で開渠水路があったのではないかと推測できます。

2026年9月22日に撮影
大慈寺の塀に沿って、開渠水路が続いていたはずです。

2020年9月22日に撮影
大慈寺山門へ向かう入口に架かる「橋」。この下を水路が通っていました。
橋の脇に見える穴は、手すりのあった跡かもしれません。

2021年3月20日に撮影
大慈寺を過ぎて祇陀寺(ぎだじ)の横に入って行きます。中央に見える壁が2つの寺の境界となっています。

2026年9月22日に撮影
青龍水の横に出ました。この付近にも電柱跡があり、石垣から1.6mほど離れています。
間接的ですが、その幅で水路があった証拠でしょう。